【1ヶ月目】転職を決意する前夜

うわぁ…こんなクソみたいな会社辞めたろ…
私が本格的に当時の会社を辞めて、転職を踏み切ろうとしてた時の話をしよう。
この物語は私が転職を決意してから独立をしていくまでの『全24ヶ月』を全て収録したシリーズもの。
当時の私は何を思い、何に挫折し、どんな苦悩を共にしながら生きてきたのか。
できるだけ当時のリアルな感情や気持ちを最大限に思い出しながら、執筆していく。

25,6歳が見たら頷きすぎて首もげるで。
なので、自分に当て嵌めながら読んでおいてもらえると、イメージが湧きやすいと思う。
所信表明(このブログについて)を見ておいてもらえると、よりこのブログ記事の使い方が分かるのでそちらも見ておいてね。
25歳ごろのスペック:何者でもない私

今では華々しく活躍しているように見えるが、当時の自分はクソほどポンコツだった。
とりあえず、このクソポンコツぶりをみてくれ。
当時のスペック
・偏差値は30くらい
・大学はFラン
・何よりも算数が大苦手
・人とうまく馴染めない
・パチンコが好き
・ロジカル的な思考が皆無
・でも一丁前に自信だけはある
こうして文章にして起こしてみても赤面するくらいに過去の自分が恥ずかしい。
当時の自分を振り返ってみて、何に一番悩んでいたのかっていうと…
“友達がいない”
ってことだった。それだけが唯一自分にとってのコンプレックスだった。

まじで悲しすぎるだろ。
お金が欲しいとか、仕事で成り上がりたいとかそういうのは一切なかった。
ただ、ひたすらに「友達が欲しい」と思っていた。
友達もいない、スキルもない、人脈もない、給料も少ない、学もない。
本当に本当に本当に、何もないところからのスタートだった。

今振り替えると、本当に暗い人間だったと思う。
当時抱いていた転職する前の感情

当時は新卒で適当に入った会社(物流会社)で仕事をしていた。
新卒1年目までは倉庫の中でひたすらヨーグルトを運んでいた。

ちなみに「オイコス」な。
ただ、案外その仕事は別に嫌いではなかった。
嫌いではなかっただけで、好きでもなかった。
ただ淡々とひたすら全国に、ヨーグルトを出荷していただけの仕事だった。
まあ、ぶっちゃけ誰でもできるよねって仕事。

フォークリフトって重機を動かすのは楽しかったで。
でも、新卒1年目からどこか心の中で「いつか転職してやろう」とか「いつか会社辞めてやろう」と思っていた。
入社当時からその会社に長居をするつもりはなかった。
だけど、自分には「やりたいこと」が一切なかった。
とにかくなかった。
だから目の前の仕事をただひたすらやり続けるだけ。
会社に不満があっても、上司に不満があっても我慢し続けてひたすら仕事をしていた。

20代中盤ってみんな同じこと考えてるだろ。
当時は心の中ではこう思っていたと思う。

どこかの誰かが自分のこと変えてくれるっしょ。
本気でそう思っていたし、本気でどこかの誰かが自分を変えてくれると思ってた。
そう考えてるうちに「別に今のままでいいか」本気でこう思い始めていたのが当時の気持ちだったと思う。

口癖は「なんかいいことねぇかな〜」
当時の自分の仕事に対しての価値観

そもそも大学生の頃から「仕事はつまらないものだ」と勝手に決めつけていた。
というか「社会人」というものはつまらないものなんだと勝手に思っていた。
だから、上司からの理不尽なことを言われても「これが社会人なんだ」と自分の中で解釈してた気がする。

もっと言うと、本当はそこまで深く考えてなかった気もする。
とにかく仕事を覚えるのが精一杯で、とにかく仕事をサボることが自分の仕事みたいになってた。

「どうせ頑張っても給料が上がらないし、頑張らなくても給料が変わらない」
だから、サボった方が得をするんじゃないか。
これくらいしか考えてなかったと思う。
そのせいか、寝坊はするは遅刻はするはで社会人としては怠惰な生活をしていた。
上司に怒られても「やべえな」って思うこともなかったし、どうでもよかった。
ある意味「自分の人生を放棄していた」感覚。
自分の人生を生きておらず、ただ周りから言われたことをひたすらやっているだけの毎日だった。
それに、自分の会社は「親会社」と「子会社」があって自分は子会社に勤めていた。

意味わかんねえのが、親会社と子会社で給料変わらないってこと。

だってやってること変わらねえんだよ?
それに関しては意味がわからなかった。
対して能力の差もないのになんでこんなに違うのか、本当によくわからなかった。
意味不明な制度にただひたすら、愚痴を吐くだけの毎日だった。

本当に何も考えずに生きていたから、脳みそがぶっ壊れてたと思う。
仕事をしていて一番嫌だったこと

程なくして、私は2年目で「本社の営業」に移動することになった。
今までヨーグルトを運ぶだけの毎日だった生活からの脱却だ。

コンビニでヨーグルト見ると吐き気するんだよ。
側から見れば栄転みたいな感じに聞こえるが、給料も何も変わらない。
上は上で詰まってるから出世なんてこともありえなかった。
そして…
営業になってから、仕事がよりクソつまらなくなった。
何がつまらなかったって「やることが無さすぎるから」だ。
9時に出社して体操をして社歌を歌わされて、9時10分には席についてから何もすることがない。

ずっとNAVERまとめ見てたZE
上司も上司で私に仕事を渡してくるような感じでもない。
仕事を渡してきたとしても、よくわからない資料をまとめさせられただけだった。
本当に本当に苦痛だった。
実質、9時から18時まで何もやることがなくてずっとネットサーフィンをしていた。
アナタはこれを見て、羨ましそうに思われるかもしれない。

「何もしないは地獄」ってことを学んだ。
だったらヨーグルトを運んでいた方がマシだったからだ。そっちの方が楽しかった。
朝起きて、お客さんに会うわけでもないのにスーツを着て、出社してネットサーフィンをして帰宅する。
俺の存在価値となんなのか。
よく考えさせられた期間だったと思う。
だが、このクソみたいにつまらない期間があったから自分と向き合うことができた。

あの時の自分がなかったら今はないね。
自分の存在価値をもっと発揮できる仕事はないのか。
本気で考えた期間だったから「転職」というまだ見ぬ未開の地に足を踏み込むことができた。

ちなみに、この時期に3個上の主任の給料を聞いた。

え…給料3万円しか変わらないじゃん…。
衝撃すぎた。
それ以上の言葉が出なかったことを覚えてる。
嫉妬、不純、モテたい。転職の動機

当時の自分は、親からも心配されるくらいにずっとため息をしていた。

もはや、喘ぎ声のようにため息してた。
会社に行っても、家に帰ってきても、上司と一緒にいる時もずっとため息をしていた。
今思えば「今の状況からクソほど抜け出したい」という初期衝動的なものがため息だったんだと思う。
5秒に1回くらいの間隔でため息をしていたから、上司から指摘されたこともあった。

指摘されるくらいのため息の量ってえげつないよね。

だったら仕事くれよ。
だが、そんなことを指摘されてもお構いなしだった。
どうでもよかった。とにかく抜け出したかった。ただそれだけだった。
とはいえ、プライベートは充実していなかったと聞かれたらそうでもなかった。
24~25歳くらいの頃の自分は「女の子遊び」というものにハマっていたことがあった。

唯一の楽しみやで
- 渋谷に出かけてナンパしたり
- 合コンしてたり
- Tinderをやってたり
- マッチングアプリやったり
こんなことにハマっていた時があった。
でも女の子と遊ぶにも「金」が必要だった。
当時の自分は「手取り16万円」という薄給の生活を強いられていた。
しかも、実家暮らしだったから全然カッコがつかなかった。
周りは大企業とかに勤めてたから、それなりの給料をもらってたりした。

少しばかりその劣等感もあったかもな
そのタイミングで地元の友達が「フリーランスになった」という話を飲みの席で聞いた。
なんだか惨めな気持ちになったのを覚えている。

フ、フリーランス…??
というか「俺の存在価値ってなんなんだろう」って本気で思った。
- 会社に行っても仕事がない
- ネットサーフィンしてる
- 定時帰りで女の子と遊ぶ

今思うと、無価値な生活をしてたと思う。
何も価値を生み出さない自分に嫌気が刺してた。
地元の友達が「エンジニアでフリーランスになる」って話を聞いてこう思った。

おーれも、エンジニアになっちゃお〜〜〜っと。
それが、のちに「転職をする」という初期衝動的なものにつながっていく。
転職の動機は明らかに「不純な動機」だった。

今よりも、モテたい…!
今でも思い続けているが、これが自分の初期衝動だった。それは鮮明に覚えている。

崇高な転職動機を持ってる人なんていないと思う。
人生で初めて自分の人生を決断した

それまでの自分の人生は他人に人生を預けていた。
- 上司が言ったから
- 会社の命令で
- 社会ってのはこういうもん
今、思えば「自分の人生」というものを諦めていた気がする。
諦めていたというか「どこかの誰かが自分を変えてくれる」と本気で思っていた。

なんか、いいこと起きねえかな…
運命的な出会いがあり、運命的なキッカケがあって、自分の人生を変えてくれると本気で思っていた。

いわゆる「他責思考」みたいな感じだよな。
でも、そんなことがないまま25歳になった。
ただ逆を言えば「25歳がいちばんのタイミング」だったのかもしれない。
当時、女の子遊びをしていた時に仲良くなった「たかひろ」ってやつがいた。

会社辞めて、やりたいことやるわ。
って言い始めたり。

俺、フリーランスになるわ。
って言い始めた、地元の友人がいた。
25歳のタイミングでそういう奴が自分の周りに増えた。
たまたまかもしれないが、その人たちがいたから自分も「なんかやってやるか」という気になれたんだと思う。
会社の中だけの人間と付き合っていたら「なんかやろう」という気に絶対にならなかった。

そういう些細な関わりが少しずつ変わっていった。
最後に、次回予告

そうした背景があって当時の私からしたら、一大決心とも言える「転職」を志していくようになる。

今考えたら「転職」なんて気軽にするものだよな。
何度もいうが、私は何も持たざるものである。
- PCも触れないし、
- 実績もないし、
- スキルも、
- 学もない
今、振り返るともし自分が営業に移動にならなかったら今の自分はないのかと思うとゾッとする。
逆を言えば、異動をしたから人生が動き出したんだと思う。

つくづく「人との出会い」って人生を変えてくれるよなとも思う。
もしあの時環境が変わっていなかったら、今もなおひたすらヨーグルトを運び続けることに美徳を感じていたのかもしれない。

(異動しなかった世界線)ヨーグルトさいこぉぉぉぉぉぉ!
当然このブログをも書いてることもない。
だからこそ、この記事を読んでる人は「偶然的な出会い」をしてると思って読んでほしい。

そのキッカケが”私”になって欲しいと願ってる。
それでは、次回は「転職に至るまでの決意」みたいなところを伝えていこうと思う。
