フリーランス

「友達0・元自殺志願・コミュ障」何もない私が何者かになる物語

こんにちは。亮介です。

 

対人恐怖症になった高校生

『 お前って何もない奴だよな 』

今でも忘れません。

高校入学して6ヶ月を経過した頃、知り合いが何気なく私に言ってきた言葉でした。

この言葉が悪い意味で私の人生を大きく変えた。

それまで私は“何者か”になれていたつもりだったんです

いわゆる人気者の隣に居て、あたかも自分が人気者だと勘違いしながら高校生まで生きてきた。

だが「 お前は何もない奴だよな 」と言われてようやく気がついたんですね

私は特殊な才能もないし、周りを惹きつける力もない。

人として無価値な人間なんだ。

本気でそう思ってしまったので、人と会話してても「この人は今自分のことどう思ってるんだろうか」とか「楽しいと思ってるのかな」とかいろんなことを考えるようになったんです。

 

「え?たったそれだけで対人恐怖症?」

 

そんなふうに思われるかもしれないが、案外そうゆうもんですよね。トラウマ的なのって

周りからしたら大したことがないと思うけど

思春期の私にとってはとても衝撃的な言葉だった。

この言葉を言われてから10年経つが今でも強烈に覚えてます。

一生忘れることはない。

そこから一気に自分の殻に閉じこもるようになったんです

周りから話しかけられても相手からどう思われてるのかが本当に怖くて、素の自分を出し切ることができなかった。

だから高校生活中はずっと1人でいた。

周りから話しかけられたくないから、ずっと寝たふりをしていたし。

修学旅行とかは最悪だったな。

グループで行動するんだけど、自分は人と話すのが怖くてずっと1人でいた。

というか、あんまり記憶にない。

「いつまでこの他人の目を気にした生活を送り続けるんだろう」

そう思っていた。

だから高校1年生〜3年生まで、友達は1人もできなかった。

ずっと1人だった。人生が楽しくなかった。周りが普通にワイワイ楽しく喋ってるのが羨ましかった。

いつからこうなったんだ?なんでこうなった?どこから歯車が噛み合わなくなったんだ?

他人と同じような生活が送れていなくて、何度も泣きまくってましたね。

そんな生活を1年生〜3年生まで続けて、大学生になっていくんです。

大学デビューを果たすも…

大学に入ったら新しい自分になれる

そう言い聞かせて、なりたい自分の理想像を重ね合わせて今までの自分とは違う自分で振る舞うようにした。

いわゆる「大学デビュー」ってやつ。ちなみにこんな様相を振る舞っていた。

  • ニコニコして
  • 気さくな人間で
  • トークが面白くて
  • いつも元気で
  • 会話が永遠と続くような俺

みたいな。

はっきり言って、自分史上最大の黒歴史だと思うw

今思い出しても痛いw

だって会話とかに困ったら「ウェーイw」とかで切り抜けていたし、

結局、人と会話があまりできなかった。

そりゃそうだと思う。

「ウェーイw」みたいなやつと誰が仲良くなりたいんだって思うし、そもそも高校生で対人恐怖症を患っていた俺がいきなり人と会話をするなんて無謀だった。

結果的に大学デビューは失敗。

失敗した理由は色々あるけど、やっぱり高校の時に言われた“あの言葉”が脳みそにベットリこびりついてる。

「周りからどう思われてるのか」
「今この人は自分と一緒にいて楽しいと思うのか」
「嫌われたくない」

人と一緒にいる時、ずーーーーっとこの気持ちが渦巻いていた。

 

マジで一瞬たりとも“あの言葉”が離れなかった。

 

もう言われたく無かった。

 

“あの言葉”を言われるのが怖くて怖くてたまらなかった。

 

結局大学生活は、サークルにも入ったしいろんなコミュニティに所属してみたけど、「新しい自分」を取り繕っても途中でボロが出始めて、

大学2年生くらいからまた1人で行動するようになった。

だから大学でも友達らしい友達は1人もできなかった。

卒業式はいったけど、その後の飲み会には参加してないで1人で帰って1人で自宅でYouTubeとかみてた気がする。

卒業旅行も当然行ってない。

俺には友達がいないから。

社会人で3年目までは倉庫で働いていた

就職活動自体もぶっちゃけ適当にやってた。

てか今だから言えるけど、親父のコネで会社に入ることができた。

手取りは16万円。倉庫の中で重たい荷物を運ぶ仕事だ。

正直もうその頃とかは、人と関わるとか、自分がどうなりたいとかは全く無かった。

だから何も考えずに働いてたな。

朝起きて、仕事行って、飯食って、寝る。

これを3年間繰り返した。

「マジ人生クソつまんねぇ」

友達も居ないし、彼女も居ないし、スキルもないし、学もないし、会話力もないし、対人力もないし、お金もないし、希望もないし、時間もない。

マジで人生が終わってた。

誰よりも人生が終わってた自信があった。

毎日毎日同じことの繰り返しで、土日休みは1人で過ごして楽しいことも辛いことも何もない。

無味無臭の人生に飽き飽きしていた。

いつになったら俺は変われるんだろう。

いつになったら俺は理想の自分に出会えるんだろう。

いつになったらこの苦しい感情から抜け出せるんだろう。

いつまで経っても、人生が良くならない。

いつまで経っても、”あの言葉”が心の奥底にブッ刺さったまま。

もっと人生を良くしたい。

もっと人から認められるようになりたい。

もっと周りから必要とされる人間になりたい。

もっと男性からも女性からもモテるようになりたい。

そう考えるようになって訳もわからず、物流会社を辞めた。

そこで人生で初めて、自分の意思で決めて転職をする決意をした

社会人3年目だった

転職した先で自殺する予定だった

転職先はインターネットの広告代理店。

物流会社→インターネットの広告代理店という異業種転職だった。

幸いにもこんなしょうもない俺を拾ってくれるような優しい会社があった訳だ。

今思えば、私の人生が大きく大きく変化するきっかけの会社となる

もちろん、入社してすぐ右も左も分からかった私は

人類で初めてパソコンを触る人みたいな手つきでキーボードを叩いていた。

最初の1ヶ月くらいは、仕事を覚えるのに必死だった。とにかく追いつこう。とにかく頑張ろう。

そう思っていた。

だが、あることをきっかけに心がポッキリと折れてしまう。

そのきっかけとは、

人が1時間かけて終わらす仕事を私は5時間もかけて仕事をしていたことに気がついたことだった。

その時に思ったんですよ。

 

「あぁ俺ってやっぱり普通の人と違うんだ」

「普通のことが普通にできない人間なんだ」

 

って。

薄々感じてはいたけど、その5時間の差があることに絶望した。

今まで頑張って社会に溶け込もうとしてきたし、極力周りと合わせようと頑張って生きてきたはずなのに「5時間」の差が出てしまうんだ。

 

「同じ人間なのにこんなに差が出ちゃうんだ」

 

マジで、その時は本当に心が「ボキッ」って折れた音がしたのを確認した

 

その瞬間、なんか走馬灯のように今までの人生って何だったんだろうみたいなのが駆け巡った。

 

高校生の時に、言われた”あの言葉”とか大学生の時に頑張って自分を作って「ウェーイw」とかいってた頃とか、倉庫の中で頑張ってヨーグルトを運んでる自分の姿とか。

 

なんも価値がないじゃん、俺

 

ってなった。

 

転職して2ヶ月目で大きな挫折をしたから、自殺を考えた。

 

それは仕事ができない自分が嫌だったからという一部分の原因に対してではない。

 

何をしてもダメだし、人と会話できないし、学もないし、スキルもないし、人と同じことができないし、普通に生活することができないし、周りと違いすぎてる自分が恥ずかしかった。

マジで生きてる意味が本気でないと思ってた。

 

だから悲しむ人なんて、まあ親くらいだろ、みたいなノリで本気で自殺を考えていた。

今ここで俺が死んだら、ツイッターのアカウントとかどうなるのかな?とか、

転職した先をバックれて電話がかかってこないように実家の電話の設定で、

社員全員の電話番号を着拒したり、

もう死ぬ準備をし始めていた。

もう当時は悔しすぎて、流す涙も出なかった。

高校生の頃からもう涙を流しすぎて枯れてしまったんだろう。

今思えば、あの涙の量で干魃した地域に水を与えられてヒーローになれるくらいの量だったと思う。

それはいいとして、

よし、死のう

そうして会社を休んで、街に出かけた。

 

・・・

 

・・・・・

 

・・・・・・・

 

でも死に方がわからない。

 

どうやったら人って死ねるんだ?

 

本気でそう思ってた。

 

電車は嫌だなー

とか

飛び降りも嫌だなー

とか

できれば「練炭」がいいなー

とか

生々しい話でごめんなさい。でも本気で思ってた当時は。

かなり追い込まれていた時期だからあんまり覚えてないんだけど

なんか、死ぬ前に色々考えてた。

 

これまでのことから、これからのこと。

 

過去のことは過去のことで苦しかったけど、「これからのこと」について自分は本当にこのままいったら人生が好転するのか?

これからの人生は明るい未来になるのか?

人に影響を与えて、人から求められるような市場価値の高い人間になれるのか?

どんな自分に出会えたら、楽しいんだろうか。

どんな未来だったら自分は楽しく生きることができるんだろうか。

今までずーーーーっと「過去のこと」しか考えてなかった俺が、死を直前に「これから先のこと」を考えるようになった。

 

そこで人生で初めて、ほんの少しだけ、ちょっぴり生きる希望が湧いた。

 

当時は25歳。

25年間生きていて、初めて「過去」ではなく「未来」に目を向けて、人生に希望を少しだけ湧けるようになった。

そこからだった。私が大きく変われたのは。

どうせ死ぬんならやり切ってダメだった時に死のう

そう思って、帰路についた。

そこから人生が大きく好転していく

正直、失うものはなかった。

別に周りから嫌われても、そもそも友達なんていないから関係ないし

周りからどう思われても、どうでも良かった。

でもすがるものがなかったからとにかく「仕事」に打ち込んだ。

過去のことを振り返ってる暇があるくらいなら「仕事」に打ち込んだ。

朝6時に起きて夜の22時まで仕事して、土日もずっと仕事をしていた。

人が1時間かけて終わる仕事を俺は5時間かかるんだから、単純計算で「5倍」やらないと、普通の人に追いつけなかったから。

とにかくがむしゃらにやった。

 

人生であそこまで気が狂ったように仕事をしたのは初めてだったと思う

 

マジで25歳らへんの頃の記憶が本当にない。

それくらい仕事をしていた記憶がある。

でも覚えてるのが、泣きながらパソコンを叩いていたのと泣きながらご飯を食べていたことだけ。

人って感情が動いてることって覚えてるもんなんだね。

仕事を頑張りすぎた結果どうなったかって言うと…

 

転職して8ヶ月目にして課長になれた

 

はっきりいって頑張りすぎたと思うあの頃は。

上司の言うことは全部一言一句メモしてたし、上司の営業とか録音して電車の中とかで聞いてた。

寝る直前と朝起きてすぐ録音した上司の声を聞いていたので、今でも耳にあの上司の声が残ってる。

とにかく頑張りすぎた結果、課長になれたんだけど、

その瞬間に肩の荷が同時に降りた気がした。

ずーっと何者かになりたくてもがき苦しんで、

友達がいないのがずっとコンプレックスで、

仕事もできないし対人関係も全く上手くないし、

なんなら人生でさえも諦めていて、

社会から取り残されていた自分が課長になれた。

 

案の定、大泣きした。

 

会社では泣かなかったけど、自宅に帰って大泣きした。

大号泣。

何の涙かって言うと「嬉し涙」

圧倒的な嬉し涙。

あれほど嬉しくて泣いた夜はなかった。

いつもいつも涙する時は決まって、人生に絶望した時だったけど今回の涙は違う。

未来の希望を感じた涙だった。

マジで泣きまくってたな本当に。

自信が出た私は転職してフリーランスに転身

そこで自信が出た私は、

挑戦と成長をすることで自分は大きく変われる

と言うことに気がついたので、さらに新しい自分に出会いたくて転職をした。

結論から言っちゃうと、その転職先は自分に合わなくて4ヶ月で辞めちゃうんだけどそのままの勢いでフリーランスになった。

もちろん、フリーランスになってからは大変だった。

大変だったけど、初めて転職した先での出来事があったけど、はっきりいって余裕だった。

だから収入が0円の時でも、「俺ならできる」ってずっと言い聞かせてたし、

なんなら運もあってか独立して3ヶ月目で月収は35万円を超えていた。

そこからどんどん新しいスキルを身につけて、今では

動画編集、webデザイン、ライティング、LINE構築、UTAGE構築、メルマガ、ステップ配信、売れるファネル作成、自動化、セールス、レター作成、台本作成、YouTube運用、リサーチ、企画、分析、広告運用、広告クリエイティブ作成

これらは全部一通りできるようになった。

たった、3年近くで

対人関係がクソみたいで、人よりも5倍仕事しないと終わらなくて、仕事ができなさすぎて落ちこぼれていた私がここまで這い上がってこれた。

そして今では、

フリーランス3年目でYouTube登録者16万人と22万人の裏方の仕事をしながら

また別の事業で年商1億円事業の責任者をして、

包み隠さずに言うと、フリーランスとしての月収は80万円〜100万円をキープ中って感じで

調子がいい時は月収だけで200万円いくこともあるような生活をしている。

挑戦できる人を増やしていきたい

とまあこんな感じで、私の物語は終わるんだけど

そもそも何で情報発信なんかしてんの?

ってことだよね

理由は1つしかなくて、

頑張る人が報われる社会を作って、人が変われることを証明したいから

なんだよね。

もうこれだけしかない。

「お前って何もないやつだよな」って言われて社会から隔絶されたような感覚に陥った高校生から、

大学デビューして頑張って理想の自分に近づこうとしたけど、全然ダメだった大学生

スキルもないし仕事も全くできなかった社会人生活

を通して変化できた理由は、「挑戦と成長」を繰り返したから。

ただ、それだけでしかなかった。

誰かが助けてくれたわけでもないし誰かが道を案内してくれたわけでもない。

1人の力でこじ開けてきた。

だからこそ、自分の発信が1人でも多くの人に届いて

それが変わるきっかけになってくれたらと本気で思ってる

先ほど「1人でこじ開けてきた」といったが、当然自分の周りには助けてくれた人たちがいた。

できない自分を最後まで面倒見てくれた上司とか、

独立したてで右も左も分からない自分にビジネスのイロハを教えてくれた経営者の人。

色んな人に支えられて生きてきた。

だからこうして変化できてる自分がいる。

だから、今の自分がある。

だから今もしこのブログを読んでくれてる人で何かしら絶望を感じてる人とか

もうきついなって思ってる人はまだ諦めないで欲しい。

どんな人でも必ず可能性はあると思ってる。

私自身も相当ひどかった。コミュニケーションは取れないし、仕事もできなかった。

自分よりもひどかった人間はほんんんんんんとうにいないと思ってるレベルでひどかった。

だからあなたにもできる。

必ずできるはず。

何かに向かって努力をしていれば必ず、掴めるはず。

できる!

あなたならできる!

どんなに苦しくてもどんなに辛くてもどんなにめげそうでもどんなに結果が出なくても、後もう1日だけ。

もう1日だけやってみて欲しい。

できる。

必ずできる!

 

頑張る人が必ず報われる社会になる!

 

絶対にやれる!

 

あなたならできる!一緒に頑張ろう!

 

P.S

最後まで見ていただいてありがとうございます。

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ABOUT ME
りょう
独立←転職2社目←転職←手取り16万倉庫作業員←元Fラン大卒←ドコミュ障

最後までご覧いただきありがとうございます!